大をするためにトイレへ。
のっぴきならない便意はあるのだが、出てこない。
便秘というよりも、あまりにも巨大かつ硬度が高すぎて出てこないような感じ。
なんだか門が裂けそうな痛みで軽いパニック。
呼吸を整えつつ奮闘すること数分、難産だったけど無事に生まれました。
わが子を目視確認すると、これがまたデカイ。想像以上。こんなものが腸に詰まっていたかと思うと感慨深い。人間てすごい。流すのが少し惜しくなってしまいました。
健康でよろしい。
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さて、ウンコの話はさておき。
最近、仕事ばっかりでニュースを見ていないのですが、フランスで大きなテロがあったようですね。FBのタイムラインがフランス国旗ばかりになりました。
何百人も罪の無い人が亡くなったんですね。しかも、犯人も自爆したとか……。ひどい話だ。
一方で、シリアへの空爆は以前より当たり前のように続いています。むしろ強化する方向です。
空爆をする方もされる方も、テロをやる方もやられる方も、それぞれ言い分があって、それぞれに信じていることがあるんでしょう。それを自分は簡単にはジャッジすることが出来ないでいます。
もちろん人の命を奪うのは最もやってはいけないことだから、テロは非難されるべき。本能的にそう思います。しかしながら、一方だけの理由をことさら大きく取り上げるのは、なんだか釈然としないものがあるのです。
日本は経済の多くを輸出で賄っています。特に最近は市場としての価値が暴落して、世界の経済の流れから外れつつあるのも実感としてあります。つまり世界がなければ、立ち行かなくなっているのは事実。
それは裏を返せば世界(今はアメリカと中国、ヨーロッパでしょうか)と歩調を合わせないといけないということ。だから、今回のテロへの対応も自然と、そちら側に沿っていくことになるんでしょうね。
日本は敗戦以来、そういった世界的な紛争などのイザコザから逃げてきました。いつぞやのイラク戦争のPKO参加問題のときなんかは、「金さえ払ってればいいのか?」と揶揄されたことがあります。海外からだけではなく、国内からもそんな意見がありました。「金を出すだけ」と笑われても、そのお金で助かる人もいるんだし、別にいいんじゃないでしょうか。(今や、そんな力もなくなってきてるかもしれないけど。)
大体、人の国へ爆弾を落としに行くことが、仲間の信頼を得るってことになるはちょっと悲しい。大空襲を受けた国が同じことしちゃいかんですよね、やっぱ。「一緒に命かけて立ち向かおう!」というよりも、「俺がやったんだからお前もやれよな!!」って感じちゃうんですよ。言い方が悪いけど、共犯意識が欲しいようにも見えてしまう。
繰り返しになりますが、そんな中でそういったウヤムヤにしてイザコザから逃げる日本の姿勢は、それでいいと思ってました。
テロには反対です。やっちゃいけないことだと思います。オリンピックを控えて、ことさら怖いとも思います。
…… だから今後も嫌なことからは逃げたほうがいいんじゃないでしょうか。
追いかけられたら?
それはそのときに考えるって言ったら怒られるのでしょうか。
