オリンピックのロゴマークで色々と大変なことになってますね。
まだ予断を許さない状況で展開中ですが、この騒動で自分的に良かったのは素晴らしいデザイナーたちの作品を見れたことでしょうか。
亀倉雄策大先生の1964年の東京オリンピックのグラフィック作品は言うに及ばず、Geoff McFetridge(ジェフ・マクフェトリッジ)のグラフィックはメチャクチャいい。画集を買おうかと思っちゃいました。
この調子でドンドンいいグラフィックが出てきてくれると嬉しい。
で、今回の2020年オリンピックのマークは、パクリじゃないと思っています。
結果論的に、偶然似ただけなんじゃないでしょうか。
この世論の動きは、ちょっと前の国立競技場の件や、集団的自衛権を含む自民党=政治へ反発への流れの一環な気がします。(オリンピックって政治や国を越えてスポーツで繋がろうってのだと思ったんだけど、いまや政治や経済のカードになってますよね。だから諸手を挙げて歓迎しづらいじゃないかな)
それ以外の作品はどうでしょう。
デザインをどのように定義するかは個人の思想の裁量だと思うんです。
別に絵を描かなくてもいいだろうし。
買ってきた素材を適切なところで使えば、それはデザインだと思いますし。
何かにインスパイアされても、使いどころが違えばいいとも思う。
でも、例えば、今回、ジェフ・マクフェトリッジの水に浮く女性のイラストをパクって描いてみて思ったんですが、やはりすばらしいイラストはちょっと真似るだけでも、すごいパワーが出ることを実感します。
なんというか、アイデアの根本が突出しているから、少しエッセンスをもらうだけで自分の壁を越えられるというか…。
これは素材として使うのとは違うレベルだなぁ。良い作品ってインスパイアしても、自分の中で消化しきれない感があります。
何はともあれ、結局は多角的に検証して、法に判断を委ねるのがいいのかなと思います。
本人がパクってないといっても、法律で『カタチが似ていたらパクり』とあるんだったら従うべきなんじゃないかな。
逆もあるだろうけど。
だから、今は成り行きを見ていきたいですね。
そうそう、NEGIZO DESIGNのロゴを、件のフォントで作ってみました。(リンク先で作れます)

なかなか、似合ってるような(笑)。
